言語の性差は考え方にも影響を及ぼすか

日本語のように性差が大きな言語、言い換えれば性別で使う言葉が異なるという特徴が顕著な言語は少ないとはいえ、他の多くの言語にも性差が存在しています。英語の場合は性別によって異なる代名詞を使い分けますが、フランス語やスペイン語では接頭辞や形容詞にも違いがおよび、ロシア語やヘブライ語になれば動詞の活用にも性差があります。
では、男女の性差により言葉が異なるような言語を使っている場合、その言語の性差は話者の考え方に影響を及ぼすものなのでしょうか――社会言語学の研究が進められています。

性差は話者の考え方に影響するのか:サピア・ウォーフの仮説

アメリカの言語学者ベンジャミン・リー・ウォーフ(Benjamin Lee Whorf)は、師であるエドワード・サピア(Edward Sapir)とともに「言語がその人の考え方に影響する」とする「サピア・ウォーフの仮説」を立てました。これは、話者が話す言語がその人の考え方に影響を及ぼす、言語の構造がその人の世界の認識の仕方に影響を与えるという考えで「言語相対性仮説(言語相対論)」とも呼ばれています。この仮説によれば、異なる言葉を話すことはその人の認識や行動を本質的に変えるとされていますが、この仮説に対する意見は分かれ、現在認知科学は長年この仮説をはねつけてきました。しかし、言語が話者に及ぼす影響についての疑問に対する満足な答えはまだ見つかっていません。

話者が受ける影響は言語に起因するものか、あるいは文化に起因するものか

80年代には、イスラエル、アメリカ、フィンランドの2歳児と3歳児の男女のアイデンティティの発達を比較する研究(Guiora, Beit-Hallahmi, Fried, and Yoder, 1982)が行われ、「母国語による性区別と性自認の獲得には直接的な関係がある」ことを示すとの結果が示されました。対象となった子供たちの母国語の文法的な特徴が性認識の発達に影響を与えていると考えられたのです。

別の研究(Boroditsky、Schmidt、Phillips、2002)では、英語に堪能なスペイン語のネイティブスピーカーとドイツ語のネイティブスピーカーに、無生物で性的に中立な(性区別のない)物を英語で説明するように求めた結果、母語の文法上の性に関連する形容詞に対して明確な好みが示されました。1つの単語を(英語で)説明する形容詞の選択に、母語の性差(男性名詞・女性名詞の違い)に関連づけられる語句を選択する傾向が顕著に見られたことから、母語の性差が思考に影響を与えていることを示したと言えます。

しかし、この研究では言語的な影響なのか、文化的な認識の違いによる影響なのかは明らかになっていません。Boroditskyらは文化的影響を排除するため、架空の言語を作った上で無生物対象物に対する形容詞を選択する追加の研究を行い、学習した言語上の文法的性差と選択する形容詞には一貫性が好まれることを確認しました。これらの実験で示されたように、言語における文法上の性差が思考になんらかの影響を与えていることが明らかではあるものの、どのように、どの程度の影響を受けているのかの判断、さらに言語の影響と文化の影響の見極めには、さらなる研究が必要そうです。

言語と社会の関係

日本語の性差は、「男ことば・女ことば」と呼ばれるように言葉遣いにも表れるので、日本語を学ぶ外国人にとっては頭が痛いかもしれません。最近の話し言葉では性差が曖昧になっているようにも見受けられますが、言語と話者の思考様式、コミュニケーションパターンには関係があると主張する研究者もいるので、言語、特に母語における性差による影響は無視できないものでしょう。言語の性差はそれぞれの社会的な役割や社会のあり様を映し出すものでもあるため、言語の変化は社会にも相互作用を与えると考えられます。社会における男女の平等意識が定着している一方で、日本語を含む多くの言語で性差による文法的な違いや表現、言葉遣いの違いが存在すること、さらに、言語は多様であり個々の言語はそれぞれに関連する文化の特徴を反映したものであることを踏まえておく必要があるのです。


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