機械翻訳には負けない――翻訳者に求められるもの

グローバル化の急激な進行により、近年、コミュニケーションやビジネスに必要とされる言語の数が一気に増加しました。このような社会的ニーズ、そしてIT技術の発達により、言語をメモリーとアルゴリズムを使って翻訳する機械翻訳が登場したわけですが、驚くような「誤訳」を目にした経験がある人も多いのではないでしょうか。今回は機械翻訳の可能性ならびに翻訳者に求められるものを考えます。

機械は人間を凌駕するか

自動翻訳(機械翻訳)の進化の早さは驚異的とも言えます。簡単な内容であれば、ごく自然に訳してくれるまでになりました。即時性と利便性が高いため、公共機関や宿泊施設などでは、2020年の東京オリンピック・パラリンピックに向けて機械翻訳機能を搭載した人型ロボットや音声案内を設置する動きが加速しています。

このまま翻訳技術やAIが進化すれば、機械翻訳は人間の翻訳者の代用になるのでしょうか?「否」との答えが多く見受けられます。どんなに機械翻訳が発達しても、プロフェショナルな人間の翻訳者は必要とされ続けると言われており、その理由として以下の4点があげられます。

1.言語とは、数学的アルゴリズムだけで処理できるものではない
2.人にしかできない翻訳がある
3.機械翻訳による誤訳の恐れ
4.誤訳は誤解の元

言語はアルゴリズムだけで処理できない

すべての言語には文脈があり、それはコンピュータには読み取るのが難しいものです。また、言語はその使用者の文化と社会環境と強く結びついており、これらは「生きて」絶えず変容しているため、単純なアルゴリズムに落とし込むことができません。有機的な言語を無機的なアルゴリズムだけで処理すると、無理が生じるのです。

文法や語彙に共通性のある言語同士なら、機械翻訳をしやすいものがありますし、翻訳する方向(A語→B語、B語→A語)によってやりやすさが異なる言語もあります。例えば、英日と比較して日英のほうが難しいと言われますが、それは日本語に助詞や同音異義語が多く、その上、主語が省略されることが多々あることから解析しづらいのが一因です。解析できない部分は「推定」されるため、誤訳の可能性が高くなります。統計的な手法を使う機械翻訳では「推定」か所が多ければ多いほど誤訳の確率が高くなるのは否めません。しかしこれが翻訳者であれば、同音異義語であっても文脈から意に合った訳語を当て、主語の省略に対しても適宜補足することが可能です。翻訳は、単純なアルゴリズム解析だけで対処できるものではないのです。

人にしかできない翻訳がある

機械翻訳とは「力技」とも言えます。人の生活に密着した言語の変換処理を、コンピューターに蓄積されたデータと格段に進化した処理速度によって可能にするためです。

一方で、人が行う翻訳は、知識と経験に裏打ちされた「技能」と言えるのではないでしょうか。この翻訳者の「技能」こそが、人にしか持つことができない能力です。「外国語がわかる人であれば翻訳もできる」、「言語がわかれば誤訳など簡単に見つけられる」、あるいは「翻訳の正誤の確認は身近なネイティブにやってもらえば十分」との声があることは確かですが、翻訳や校正には訓練が必要です。言語に詳しいだけでなく、その言語の背景やTPOに応じた適切な表現方法、文法、綴り字、句読法などをマスターし、正確な文章に仕立て上げる能力が必要です。

機械翻訳による誤訳が顧客流出につながる

外国語から母国語に訳された文章に誤訳を見つけて、思わず笑ってしまった経験はないでしょうか。しかしこれがビジネスであれば、笑い話では済まされません。「顧客への配慮が足りない」、「買う気をなくした」、「イメージが悪くなった」――。誤訳や不適切な翻訳は、顧客からの信頼を揺らがせる大きな要因になるのです。正しい翻訳をしている競合他社を選ぶきっかけにすらなるでしょう。それが自社の製品やサービスではなく、翻訳に起因するとしたら、到底納得できる話ではありません。

人間の翻訳者であっても、誤訳が生じる可能性は捨て切れません。しかし、文章を文節や単語に切って翻訳し(対訳を探し出し)、それをつなぎ直すという作業を踏む機械翻訳のほうが、誤訳を生じる確率は高くなります。スピードと効率、費用面でのメリットが大きい反面、リスクも高くなるのです。

最近の機械翻訳は、コンピューターが文章の特徴を自ら学習していくディープラーニング(深層学習)や、人間の脳の学習機能を模したニューラルネットワーク(神経回路網)技術を導入することで改善を図っていますが、完全な翻訳に至るまでには、しばし時間がかかることが予想されます。人間の翻訳者は言語知識に加え、経験から培った判断力を生かして、正確な情報を提供する手助けをすることができます。顧客のビジネスのグローバル展開を促進する第一歩となるのです。

誤訳は誤解の元

難しい翻訳の一つに、キャッチコピーがあります。商品の特徴や購入するメリットを簡潔に表現するそれは、顧客とのコミュニケーションが始まるきっかけになります。顧客の心をつかむメッセージ性のあるコピーを作成するため、企業は多大な努力を重ねています。しかし、短くインパクトのある言葉を他の言語に訳すのは、翻訳者でも至難の業です。これが誤訳や不釣り合いな言い方になった場合、悪い印象は長く残ってしまいます。聞く側・見る側に強く印象を与えるキャッチコピーの翻訳こそ、「人だからできる翻訳」かもしれません。

キャッチコピー以外にも、情報を的確かつ正確に伝えることに一層の注意を払わなければならない場面は多々あります。医療・医薬品の使用方法をはじめ、誤訳は致命的な結果を引き起こしかねません。最悪の場合、人の命にすら関わる恐ろしいものなのです。

情報とは、顧客が正確に理解できる文章で書かれている必要があります。その商品またはサービスを受け取る側を意識して、利用者に合わせた文章に翻訳することも「人にしかできない翻訳」と言えるでしょう。

翻訳者と機械翻訳を使い分ける時代

機械翻訳が増えるに連れて、機械が訳した文章を読みやすく修正する「ポストエディット」という仕事も生まれました。翻訳者がゼロから翻訳するのと機械翻訳された文章を直すのと、どちらが効率的かを断言することはできませんが、これが翻訳業界に新たな潮流をもたらしているのは確かです。

機械によって劇的に変わりつつある翻訳業界ですが、機械翻訳は膨大なデータから「正解となる確率が高い」対訳を引き出すことはできても、「行間を読む」、つまり文意を読み取り、「読者に最適な」訳を作ることはできません。それこそ人間にしかできないことです。翻訳者は顧客からの投資に応えるべく、文化的なニュアンスや人間ならではの感触を加味した付加価値のある翻訳を提供し続けなければなりません。人による翻訳と機械翻訳を、用途や分野によって使い分ける時代に入ってきたのです。

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