言語の絶滅が進んでいる?

言語が絶滅する――。果たして想像できるでしょうか?

言語は、該当する言語を母語として使う人間がいなくなった時に死を迎えます。それぞれの言語には唯一無二の歴史的背景や文化的価値があり、言語が滅びると、これらも同時に失われてしまう恐れがあります。では今日、どれほどの言語が実際に、危機に瀕しているのでしょうか。

言語はいかにして消滅するのか

国際連合教育科学文化機関(UNESCO)による世界の絶滅危惧言語地図(UNESCO Atlas of the World’s Languages in Danger)には、2,500を超える言語が将来的に消滅する可能性があることが示されており、中でも576の言語は深刻な状況にあるとのことです。この数字には、既に絶滅したと考えられる228の言語も含まれています。これは2010年版のデータゆえ、状況がさらに悪化していることが予想されます。

これらの危機言語は、どのように絶滅に至るのでしょうか。多くの場合、話者数の少ない言語は、話者数が圧倒的に多い主流言語に取って代わられることによって死を迎えます。具体的に見ていきましょう。

まず、人は就業機会をつかむために主流言語を使うようになります。少数しか話さない言語はビジネスの壁になるからです。これは教育にも言えることです。誰しも自分の子供にはよりよい生活を得てほしいと思うものです。それゆえ、よりチャンスの大きい主流言語を習得させようと力を入れるようになるのです。また移民集団の中では、あえて母語を使わない、教えないという決断が下されることもあります。このような選択の結果、言語の喪失、ひいては言語とともに伝えられてきた知識や文化的価値が失われてしまうのです。

消滅危機言語 の実例 アヤパネコ語とアブハズ語

消滅危機言語の中で最も深刻なものの一例に、アヤパネコ語(Ayapaneco)があげられます。ヨーロッパから入植する以前(先コロンブス期)よりメキシコで使われていた言語で、残された二人の話者の仲が悪いゆえ話される機会がないということで注目されています。

かつてはメキシコの広域で使用されていたアヤパネコ語ですが、スペイン語教育の強化や集落の過疎化により使用人口が減少し、ついにこの二人を残して、言語を使える人がいなくなってしまいました。しかしこの二人は高齢で、かつ仲が悪くお互いに口をききません。アヤパネコ語の存続は風前の灯なのです。メキシコ政府はアヤパネコ語を学べる学校を設立しようとしているとのことですが、前述のUNESCOのデータによれば、143あるメキシコの言語のうち21言語がたいへん危険な状態に陥っており、他の言語への対策も急務です。

他にも、歴史的な理由により話者が激減してしまったケースもあります。ジョージア(旧グルジア)内のアブハジア自治共和国*1で使われているアブハズ語(Abkhaz)です。紛争によりグルジア語が学校教育および公共の場で強制され、アブハズ語の話者数が著しく減少。ジョージアからの独立後に微増したものの、都市部では主にロシア語が使用されているのが実情で、存続が危うい状況です。民族紛争や戦争が言語の衰退を加速してしまう例は少なくないのです。

言語が伝えるもの

言語は、ただの意思伝達手段ではありません。その言語ならではの表現には、長い年月をかけて育まれたかけがえのない文化や文化的価値が含まれます。言語が失われれば、その文化的意義を取り戻すことはできません。

ネイティブアメリカンのチェロキー族の言語には「すみません(I’m sorry)」に当たる言葉が存在しません。別のネイティブアメリカンのホピ族の言語には数多くの時制が存在しており、ホピ語の話者は多種多様な過去・現在・未来の表現を使い分けています。また、言語によっては人称表現もさまざまで、一人称代名詞(英語の「I, We」にあたる語句)のない言語や、欧米言語のようにそれが限られる言語、逆に日本語のように、複数(私、僕など)存在する言語もあります。人称代名詞が確定していない日本語のように主語なしでも文章が成立する言語があれば、欧米言語のように主語の人称に応じて動詞の語尾が変化するものも。

これらの違いは何でしょうか。それは、民族がたどってきた歴史的背景にほかなりません。民族、生活環境、政治、国内外の争い……。一つひとつが年月を経て価値として醸成され、それを表す手段として言語が発達したのです。話者が多かれ少なかれ、一つひとつの言語は、私たち人類にとってかけがえのない財産と言えるのではないでしょうか。

言語を守っていくために

言語とは人と文化に根ざしたものです。だからこそ、消滅は防ぐべきであり、絶滅する危険性のある言語は記録をしておく必要があります。ニューヨークに拠点を置く非営利団体Endangered Languages Allianceは、危機に瀕した言語を記録し、その物語・伝統などを録音し、注意を喚起することによって再活性化させようとしています。2012年6月には、Googleが絶滅危機言語に関する包括的な知見を提供するプロジェクト「Endangerd Languages Project」を発表しました。このプロジェクトは、絶滅の恐れのある言語3,000以上を記録することで文化的多様性を保存するというもので、「Alliance for Language Diversity」と協力して構築されました。また、UNESCOのリストで極めて深刻とされたアイヌ語を有する日本でも、文化庁が「消滅の危機にある方言・言語」としてサイトを立ち上げ、日本国内における実態調査研究を進めています。

こうした動きはたいへん好ましいものですが、今もなお多くの言語が危機に瀕しており、絶滅が進行しています。コミュニケーション手段でありつつ、文化と密接につながっている言語。そして、すべての人間にとっての財産である言語。早急な保存・記録が急がれます。

[ 注釈 ]

*1 ジョージア:旧グルジア。2015年4月まで日本政府が「グルジア」を使用していた。国内には、ロシア国境に接して南オセチア自治州とアブハジア自治共和国という地域がある。1992年に独立を宣言し、94年に停戦合意が成立しているが、緊張はいまも続いている。
http://www.mofa.go.jp/mofaj/area/georgia/index.html
http://www.mofa.go.jp/mofaj/press/pr/wakaru/topics/vol7/index.html(外務省グルジア情報)
http://www.newsweekjapan.jp/ooba/2016/09/post-25.php(ニューズウィーク掲載記事 2016/9/12)

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