機械翻訳は言葉の壁を崩せるか

2020年の東京オリンピック・パラリンピックに向け、ホテルの増築やWiFi網の整備などが進む中、外国人訪問客との言葉の壁をなくそうとAI(人工知能)を活用した機械翻訳・通訳技術の開発と普及が進められています。以前、英語が通じない国に旅行をした時、予想以上の不便さに遭遇したことがありましたが、日本で同じ思いをしている訪日外国人は少なくないようです。観光庁の調べでは、外国人旅行客の困り事の第1位はコミュニケーションが取れないことでした。その対策として外国人観光客向けの機械翻訳・通訳サービスの開発・展開が進められていますが、現在どのような状況なのか。言葉の壁を崩すに至っているのかを調べてみました。

 関西のコールセンター実証実験

2017年10月、関西観光本部が、音声自動翻訳技術を使った「KANSAI SOS多言語コールセンター」の実証実験を始めました。対象地域は、関西2府8県(京都、大阪、福井、三重、滋賀、兵庫、奈良、和歌山、鳥取、徳島)。対象言語は、英語、中国語、韓国語、タイ語、インドネシア語の5か国語です。24時間、365日、専用のダイヤルに電話すれば選択した言語に自動翻訳してくれるだけでなく、機械翻訳では対応が困難な会話の場合には、オペレーター(通訳)につながります。2018年2月末まで実証実験を行い、実験期間終了後もシステムの検証等の事業を継続する予定となっているので、結果が気になるところです。

■ 実用化されている機械翻訳サービス

既に実用化されている技術もあります。大型ショッピングモールなど多くの外国人観光客が訪れる場所では、スマートフォンを使ったリアルタイム翻訳・通訳サービスが導入されています。ある言語を音声や文字で入力すると、別の言語で出力されます。日本語と複数言語の双方向の変換が可能となっており、その性能や対応スピードは格段に進歩しています。例えば、東芝が自社で培ってきたメディアインテリジェンス技術を融合した音声翻訳サービス「RECAIUS (リカイアス)音声トランスレータ/同時通訳サービス」。対話型音声通訳サービスで、日本語、米語、英語、北京語、広東語、韓国語、フランス語、ドイツ語、スペイン語、カナダ・フランス語、アメリカ・スペイン語の11言語に対応しています。また、パナソニックはスマホアプリではなくタブレット型多言語翻訳サービス「対面ホンヤク」を展開。対面ホンヤクは、ネット経由で翻訳サーバーにアクセスし、話された日本語を英語、中国語(簡体/繁体)、韓国語、タイ語に翻訳して表示します。

■ 医療施設にも

外国人が訪問するのは観光施設だけではありません。不本意ながら医療施設に行かなければならないことも起こります。実際、医療機関では外国人の救急搬送者数が増加傾向にあることが懸案材料となっており、総務省は訪日外国人のための救急車利用ガイドや熱中症予防普及啓発リーフレットを作成しています。真夏のオリンピック開催地となる東京では、東京消防庁が英語対応救急隊員の育成を急いでいますが、搬送先の医療機関でもコミュニケーションが問題になるのは確実です。富士通研究所は、ウェアラブル型のハンズフリー音声翻訳端末を開発し、富士通、東大病院、情報通信研究機構(NICT: National Institute of Information and Communications Technology)が共同で行っている多言語音声翻訳の実証実験に2017年11月からこの新しい音声翻訳端末を適用しています。実験には東大病院を含む全国の医療機関が参加。日本語、英語、中国語に対応しています。研究開発を進める富士通研究所は、この技術を活用した音声翻訳システムを医療施設から観光施設などにも広げることを検討しており、2018年度中の実用化を目指しています。

■ ニューラル翻訳の登場で機械翻訳は激変

近年、AIの技術とスマホやコンピューターの処理速度が急速に進化したことにともない、機械翻訳は劇的に変わりました。GoogleやマイクロソフトなどがAIに脳神経回路をモデルにしたニューラルネットワークを使った機械学習手法のディープラーニング(深層学習)を導入し、翻訳の世界に衝撃を与えたのです。ニューラルネットワークによる処理は、計算量が膨大になるのが課題でしたが、IT技術の進化がこれを可能にしました。さらに、深層学習機能を活用するためには可能な限り多くの翻訳データを学習させることが不可欠ですが、Googleは2016年にニューラルネットワークを応用した技術Neural Machine Translation(NMT)を発表して以来、大量の翻訳例文をAIに学習させることで翻訳精度を向上させてきました。今後も、機械翻訳の利用が拡大すればするほど精度が良くなることが期待できます。大量の情報を瞬時に処理できるネットワークシステムを有し、膨大なクラウドデータを扱ってきたGoogleなどのIT企業は、開発力だけでなくデータ集積力においても強みを生かしていると言えるでしょう。

では、日本の機械翻訳の状況はどうなっているのでしょう?ニューラル翻訳では追随する立場にあるように見える日本ですが、国立研究開発法人 情報通信研究機構(NICT)は、東芝やパナソニック、富士通などの日本企業と共同で機械翻訳の研究を進めてきました。そして現在は、2020年の東京オリンピック・パラリンピックに向け、観光分野での機械翻訳の実用化を急いでいます。

■ 情報通信研究機構(NICT)のVoiceTra

国立研究開発法人であるNICTは、総務省所管の情報通信分野を専門とする唯一の公的研究機関です。総務省は、「グローバルコミュニケーション計画」として2020年までに訪日外国人が言葉の壁で困らない社会の実現を目指し、研究開発を加速させてきました。その一環として、NICTはGoogleのようなクラウドサービスを使わない独自の多言語音声翻訳アプリ「VoiceTra(ボイストラ)」を開発。2017年にはVoiceTraのニューラルネットワーク化により更なる高精度化を実現しました。NICTがこの翻訳エンジンの技術を積極的に民間に開放してきたことから、前出の関西コールセンターの実証実験やパナソニックの対面ホンヤク、富士通の実証実験にはVoiceTraの技術が採用されていますし、成田国際空港で無料提供されていた多言語音声翻訳アプリ「NariTra」にも利用されていました(NariTraサービスは2018年3月31日をもって終了)。VoiceTraの最新バージョンは、31言語の文字翻訳と、23言語は音声入力、そのうち17言語の音声出力に対応しており、NICTは言葉の壁を崩すためのグローバルコミュニケーション計画の実現に向け、更なる精度向上のための研究開発と実証を進めています。

子供の頃、「ドラえもん」のポケットから取り出される「ほんやくコンニャク」を欲しいと思っていました。ニューラル翻訳による機械翻訳は、基本的な日常会話程度であれば実用レベルでの翻訳を可能にしていますし、既に日本人の平均的な語学力を超えているとも言われています。「ほんやくコンニャク」のような魔法のツールが実際に利用できる時代になっているようです。2020年までに、言葉の壁崩しがどこまで進むか楽しみです。

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