原爆投下は、たった一語の誤訳が原因だった!?

今回は、国内における同時通訳の草分け的存在でもある鳥飼玖美子・立教大学教授の著書『歴史を変えた誤訳』(新潮文庫)から興味深いエピソードをご紹介したいと思います。

時は第二次世界大戦も終盤を迎えた1945年7月26日。アメリカ合衆国、中華民国およびイギリスの首脳は大日本帝国に対して、全日本軍の無条件降伏などを含めた13カ条からなるポツダム宣言(英語原文外務省訳原題日本語訳)を発し、受諾しない場合は「迅速且つ完全なる壊滅あるのみ」とスゴみました。

これに対し、当時の首相であった鈴木貫太郎は、翌日の政治見解発表として、「黙殺する」とのみコメントを残しました。さて、この「黙殺する」という言葉には、どのような意味があるのでしょうか?

まず思い浮かぶのは、「知っているけど知らないフリをする」という態度。時間かせぎにも使えますが、相手の言い分をあまり歓迎していない、結果的には拒否したいといった腹の内も感じられます。当時の国内の通信社が「ignore it entirely(完全に無視する)」と訳したのは、そんな理解から生まれた英訳かと考えられます。

ポツダム宣言受諾を読み上げるトルーマン大統領

これに反し当時の海外の通信社の翻訳者たちは、「黙殺する」を、日本政府がポツダム宣言を「reject(拒絶する)」と訳しました。「黙殺」を「ignore」ではなく「reject」と訳すのも、「考えに考えぬいた斬新なアイディアが教授によって黙殺された」と、日本人研究者がアメリカ人の友達に愚痴を言う場面を想像した場合、しごく自然に感じられます。その場合、ignoreもrejectも大した差はないでしょう。結果的には「自分の思ったとおりの研究ができない」という意味でしかないのです。

しかし戦争中の一国の責任者が、相手の申し出をignoreしたのかrejectしたのかでは大きな違いがあります。 同盟国が日本への原爆投下に踏み切ったことに、この「誤訳」がどれほどの影響を及ぼしたのかはわかりません。しかし、もし別の訳し方がなされていたら……。

昨今の手慣れた日英翻訳者なら行間を読んで「no comment(ノーコメント)」とでも意訳していたであろうこの言葉。あなたはどう訳しますか?

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