翻訳の質の数値化は可能か?

グローバル化が進行し、世界中の情報の受発信が可能になった昨今、翻訳の必要性が増しています。大量の情報の翻訳を素早く、という需要に応えるため、機械翻訳やコンピューター支援翻訳も登場してきました。しかし、翻訳を行うのが人間でも機械でも、翻訳には「質」が求められます。誤訳がないことはもちろん、適切な用語が使われているか、依頼内容に合致しているかなど、多様な要望を満たした訳文が評価されて初めて、それはよい翻訳と言えるのです。

とはいえ、依頼者が訳文に期待する効果や読み手の受け取り方によって訳文の評価はさまざま。翻訳の質を判断するには、どうすればよいのでしょうか。評価の数値化は可能なのかを考えます。

誤訳を基準に数値化してみる

多くの翻訳会社やランゲージサービスプロバイダーは、少なくとも誤訳、つまり「エラー」を数えることで、翻訳の品質をある程度は測れると考えています。問題は「エラー」の重大度、つまり訳文において誤訳がもたらす影響力です。翻訳の質を計測するには、まずエラーの「格付け」が必然となってきます。仮に、エラーの重大度を3段階に分けてみます。

重大度 高: 意味が違っており、重大な影響をもたらす可能性があるエラー
重大度 中: 読者の理解度に影響する可能性のあるエラー
重大度 低: 上2つには該当しないものの、誤りが存在する(スペルミスなど)

このように重大度を分類した上で、それぞれに点数を配して単純な数式を当てはめることで、エラースコアを算出することが可能になります。例えば、重大度高のエラーに10、中に5、低に1などとしてから、エラーの出現頻度を係数(重大なエラーの出現頻度が低ければ1、中程度に5、高ければ10)として重大度の数に掛ければ一定の数値が算出できます。ただ、このままだと長文ほど出現数が多くなってしまうので、異なる長さの文でも公正な数値となるよう加重平均処理を加えれば、より公平な数値化をすることができます。もっと単純な方法として、文字総数に対するエラーの数を直接的にパーセンテージで算出することも一案ですが、基準を明確にした上で数値化したほうが、より複合的な要素を考慮しつつエラーの状況をわかりやすく比較することが可能となります。

ただし判定には、これに加え、正確さ、的確さ(読み手にふさわしい訳文になっているか)、用語集やスタイルガイドの順守などが含まれてきます。おまけに、判定者の主観も加味されることになるので、かなり複雑になると言えるでしょう……。

数値比較だけでは済まない

前述のような方法を使えば数値化は可能ですが、単純にエラー数またはエラー率だけで翻訳の優劣を比較できるかというと、そうではありません。文中に何度も出てくる単語の軽微な誤訳によって高いスコアになる場合もあれば、数は少なくても原文の理解に致命的な影響をもたらすエラーを犯している場合もあるからです。また、業界用語・専門分野用語の翻訳を誤ってエラーと認識させてしまうことも十分に考えられます。翻訳会社(翻訳者)と顧客の間であらかじめ用語集を共有するなど、事前確認が必要です。一方で、文法間違いやスペルミスなど、文意に影響をおよぼすことはないものの頻度によって翻訳者の評価を致命的に落とす可能性のあるものについても、エラースコアに示されるべきでしょう。

しかしながら、これらを数値化したところで最後にもう一つ、大きな問題が残ります。それは、顧客の主観です。顧客がエラーとして認識する項目や、読む際に何を重視するかは、読み手によって異なることが多いのです。その一つに訳文の読みやすさ、あるいは流暢さが挙げられますが、これが実に厄介なことに、読み手の好みや趣向に影響を受ける傾向があります。翻訳会社(翻訳者)は顧客にとってのベストな訳文にするため、顧客が求める翻訳の品質とは何か、何を重視するかを明確に理解しておかなければならないのです。

  • 顧客の求める品質の訳文を提供する
  • 読み手(対象とする読者および市場)が理解でき、受け入れられる訳文を提供する

数値化できない要望も「質」のうち

細心の注意を払い、顧客の求める品質レベルの訳文を納品できたら完了――とはならない場合があります。顧客の要望は、訳文の正確性・的確性だけではなく、納期対応および納品後のフォローにもおよびます。まず、指定納期の順守は必須。法規制の順守も絶対です。さらに、翻訳途中または翻訳後であっても、顧客側が必要とする編集作業への対応や、納品物に対する顧客からの質問に答えるなどのフォローも必要です。顧客は、これらも含めて「翻訳の質」と考えるでしょう。数値に表せない顧客の要望にきちんと対応できなければ、せっかく正確かつ的確な訳文ができても、顧客の信頼は得られないのです。

・仕様順守
・納期順守
・法規制の順守(原文提供側だけでなく読み手側での法規制も)
・顧客の追加依頼または質問への対応

以上のように、翻訳の「質」の判断には、顧客や読者の主観が多分に入り込みます。そのため、すべてを数値化するのは困難と言えるでしょう。数値化できる部分は数値化し、その上で、顧客が求める品質に沿う正確・的確な訳文ときめ細やかなサービスを提供する、というのが、現時点での最善策なのかもしれません。
そのためには、翻訳作業を始める前に、顧客との間で「品質」に関する合意形成を行っておくことが重要です。もはや「翻訳」とは、言語を他の言語に変換する作業だけではないのです。

Leave A Reply

Your email address will not be published.

お気軽にお問い合わせください

toiawase@crimsonjapan.co.jp