
アジア競技大会に見る、国際スポーツイベントを支える通訳・手話通訳の役割
2026年9月19日、愛知県・名古屋市を舞台に第20回アジア競技大会が開幕します。日本でのアジア大会開催は1994年の広島大会以来、実に32年ぶりのことです。
世界最大級の国際総合スポーツ大会であるオリンピック・パラリンピックと同じく、数多くの国と地域から選手・関係者・観客が集まる国際大会では、言語の壁をどう乗り越えるかが運営面での重要なテーマとなります。実際、2024年のパリオリンピック・パラリンピックでも、現地通訳の配置や遠隔同時通訳、手話の導入など、多層的な言語サポート体制が話題になりました。そして2025年に東京で開催されたデフリンピックでは、手話通訳の存在が大会そのものの成否を大きく左右しました。
アジアはヨーロッパ以上に言語・文字体系・文化的背景の多様性が大きい地域であり、大会の規模が拡大するほど言語の壁は複雑になっていきます。本記事では、アジア圏で相次ぐ国際スポーツ大会を例に、通訳・手話通訳の必要性と、その裏側にある担い手不足という課題、さらに開催地域の企業に求められる多言語対応について考えます。
拡大するアジアの国際スポーツイベントと通訳ニーズ
愛知・名古屋2026大会には、アジア・オリンピック評議会(OCA)加盟の45の国と地域から、約1万5000人の選手が参加する見込みです。競技数は43競技469種目にのぼり、2026年9月19日から10月4日まで開催されます。
ヨーロッパを中心とするオリンピックと異なり、アジア大会には中国語・韓国語・アラビア語・ヒンディー語・タイ語・インドネシア語など、文字体系も文法も大きく異なる言語を母語とする選手・関係者が一堂に会します。使用言語の幅が広い分、単純な英語対応だけでは選手村の運営や記者会見、表彰式、審判とのコミュニケーションを十分にカバーできません。
大会運営を支えるボランティアも大会・都市あわせて約4万人が募集されており、役割の一つとして「言語サポート」が明確に設けられています。観客案内や選手対応、輸送など、あらゆる場面で多言語でのコミュニケーションが求められることからも、通訳は大会運営を支える欠かせないインフラであることがわかります。
東京2025デフリンピックが示した手話通訳の重要性
2025年11月に東京で開催された第25回夏季デフリンピックには、79の国と地域が参加しました。日本選手団は史上最多となる270人を超える規模で出場し、金16・銀12・銅23の合計51個のメダルを獲得しています。競技会場には延べ約28万人が訪れ、デフリンピックスクエアを合わせると約33万人が大会を体感したと報じられています。
デフリンピックは1924年にパリで始まった歴史ある大会で、国際ろう者スポーツ委員会(ICSD)が独自に運営しており、パラリンピックとは別の組織体系を持つ点も特徴です。
この大会を支えたのが、日本手話と国際手話の両方に対応する通訳体制です。全日本ろうあ連盟は大会に向けて、ろう者である国際手話通訳者と、聴者である日本手話言語通訳者が組んで通訳を行う「協働通訳」の仕組みづくりを進め、研修会や登録試験を重ねてきました。
国際手話は特定の国の手話ではなく、国際的な場面で意思疎通を図るための共通言語的な役割を担うものであり、開会式・閉会式のアナウンスから競技中の合図、記者会見、表彰式まで、あらゆる場面で高い専門性を持つ人材の存在が大会運営の質を左右します。選手や観戦者に情報を漏れなく届ける「情報保障」の考え方は、音声言語の通訳にも共通する重要な視点です。
手話通訳者・通訳者の担い手不足という課題
一方で、通訳を担う人材の確保は容易ではありません。手話通訳士の全国登録者数は2022年12月時点で3,932人にとどまり、資格試験の平均合格率も約14%と狭き門です。しかも手話通訳者の多くは個人事業主やパートタイムという不安定な立場で活動しており、専門職としての待遇整備も課題とされています。
国際大会となれば、日本語・日本手話・国際手話に加え、参加国の言語にも対応できる高度な通訳スキルが求められるため、担い手はさらに限られます。音声言語の通訳についても事情は同じで、スポーツ特有の専門用語や競技ルールへの理解、同時通訳ブースでの高い集中力、遠隔同時通訳(RSI)などの新しい技術への対応力も必要になります。大会期間中だけ一時的に人数をそろえるのではなく、準備段階から継続的に人材を育成し、体制を築いておくことが重要です。
加えて、国内外の放送局・メディア対応や、スポンサー企業の来賓対応、選手団と地元自治体との交流事業など、競技会場の外でも通訳ニーズは幅広く発生します。こうした周辺業務まで見据えて人材を確保できるかどうかが、大会全体の満足度を左右するといっても過言ではありません。
広がるテクノロジー活用と、人による通訳の両立
言語対応の裾野を広げる手段として、AI翻訳やリアルタイム字幕といったテクノロジーの活用も各国の国際大会で進んでいます。2024年のパリオリンピック・パラリンピックでは、パリ交通局が機械翻訳アプリの導入に200万ユーロを投じ、地下鉄駅職員がフランス語と16言語の間でやり取りできる体制を整えました。206の国・地域から約1万500人の選手が参加した同大会では、現地通訳に加えて遠隔同時通訳(RSI)も活用され、開会式では手話も取り入れられています。
愛知・名古屋2026大会でも、会場案内や観客対応の一部でこうした多言語ツールの活用が見込まれます。ただし、記者会見での微妙なニュアンスの伝達や、競技中の緊急対応、手話による感情表現を伴うコミュニケーションなど、人による通訳でなければ担えない領域は依然として大きく、テクノロジーと専門人材を組み合わせた体制づくりが今後ますます重要になります。
大会をきっかけに問われる、地域企業の多言語対応力
国際スポーツ大会の開催は、競技会場だけでなく、開催地域全体に多言語対応の必要性を広げます。2025年の訪日外国人旅行者数は前年比15.8%増の4268万人となり、初めて4000万人を超えて過去最高を更新しました。
愛知・名古屋2026大会の開催期間中も、宿泊施設・飲食店・交通機関・小売店など地域の中小企業には、多くの外国人選手・関係者・観客が訪れることが見込まれます。しかし中小企業の現場では「社内に多言語対応できる人材がいない」「外国語の問い合わせに対応しきれない」といった課題が指摘されており、これは決して大企業だけの問題ではありません。
中国語(簡体字・繁体字)や韓国語をはじめとする来訪者の母語に応じた案内表示・メニュー・予約対応、電話やオンラインでの問い合わせ対応、ウェブサイトの多言語化など、必要とされる場面は多岐にわたります。2025年のインバウンド消費額も前年比16.4%増の9兆4559億円と過去最高を更新しており、言語対応の巧拙がそのまま売上や顧客満足度に直結する時代になっています。大会期間中の一時的な対応にとどまらず、大会後のレガシーとして地域のインバウンド対応力を底上げする視点が求められます。
まとめ
アジア競技大会やデフリンピックのような国際スポーツイベントは、多様な言語・文化的背景を持つ人々が一堂に会する場であり、通訳・手話通訳はその橋渡し役として欠かせない存在です。
しかし担い手不足という構造的な課題がある以上、大会運営者だけでなく、開催地域の自治体や企業、大会に協賛・出展する企業も、自前の体制だけに頼らず、外部の専門的な通訳サービスを活用しながら、来訪者を迎え入れる準備を進めることが重要です。
国際大会を一過性のイベントで終わらせず、地域全体の多言語対応力を底上げする機会と捉えるなら、開催前の準備段階から、実績豊富な通訳・翻訳会社への相談を選択肢に入れておくことをおすすめします。



