手話の共通言語「アメリカ手話」と手話通訳

世界中で汎用されている言語について考えるとき、手話は一般的な「言語」の1つとは数えられていません。通常、言語とされるものは音声言語であり、視覚言語である手話は同義に扱われていないのです。しかし、世界中で7,000万人以上のろう者が手話をコミュニケーション手段として日々利用していますし、世界にさまざまな音声言語があるのと同様に、手話(Sign Language :SL)も多種多様です。現在使われている手話はアメリカのASL(アメリカ手話)、イギリスのBSL、日本のJSLなどを含めて300ほどあると言われていますが、音声言語と手話で類似性や地域性が一致しているとは言えません。例えば、アメリカとイギリスではともに「英語」を使用していますが、ASLとBSLには音声言語ほどの類似性がありません。国や地域ごとにさまざまな手話が汎用されている中で代表的なものはアメリカ手話(ASL)で、国際的な場で利用されることが多くなっています。アメリカ手話(ASL)は北米以外でも広く利用されており、その利用者数は世界で約100万人とも見られています。

聴覚障害を持つ人々にとって手話は欠かせません。ところが、人によって使っている手話が異なるので、多くの人がコミュニケーションを取るためには、音声言語と手話の間だけでなく、異なる手話間(JSLとASLの間の通訳など)でも通訳(手話通訳)が重要な役割を担うことになります。ビジネス、司法制度、政府機関、研修、さらにエンターテインメントなどさまざまな事業における1対1のコミュニケーション、あるいは大規模なグループ会議で手話通訳が必要とされているのです。

この記事では、アメリカ手話(ASL)の特徴と、手話(視覚言語)における手話通訳者の重要な役割についてお伝えします。

アメリカ手話(ASL)の歴史

アメリカ手話(ASL)の起源は、18世紀半ばに開発された古フランス手話(OFSL)にまでさかのぼります。パリの聖職者であるAbbé de l’Épée(ド・レペ神父)は、2人の女の子が身振りでお互いにコミュニケーションを取っているのを見て、身体の動きを使って聴覚障害のある子供たちを教育することができることに気づきました。そうして、1771年、彼はフランスで最初の聴覚障害者のための無料の教育機関を設立し、より明確なコミュニケーションが取れるようにOFSLをさらに発達させました。ド・レペは、手話が聞こえない人の第1言語であることに気づき、手話による教育を実践した人物として、手話教育の父と呼ばれています。

数年後、この手話による教育法が米国に伝わることとなりました。コネチカット州ハートフォードの、Thomas Hopkins Gallaudet(トーマス・ホプキンス・ギャローデット牧師)が、隣人であるAlice Cogswell(アリス・コグスウェル)という名前の聴覚障害のある少女にコミュニケーションの取り方を教えようとしたとき、彼女に綴りや書き方を教えることができないことに気付きました。
ギャローデット牧師は、聴覚障害のある子供たちを教育するためのスキルを伸ばすために、フランスのド・レペ神父が創設した聾唖(ろうあ)学校を訪れ、そこで出会った聾教師のLaurent Clerc(ローラン・クレーク)から手話による教育方法を教わりました。クレークは、ギャローデットが米国に帰国する時、一緒に米国に渡り、二人は1817年にアメリカ合衆国で初めての公立聾学校(コネティカット聾唖教育指導施設)を設立しました。全国から生徒が集まったので、自分たちがそれぞれの家庭で使っていた手話(ホームサイン)が集められることとなりました。

約13年後、ギャローデットは引退しましたが、クレークは1850年代まで学校で教え続けました。1863年までに全米で22の聴覚障害者のための学校が設立されましたが、その多くはクレークの教え子たちによるものです。これらすべての学校で、クレークの教育方法が一貫して使用されました。
こうした努力により、アメリカ手話(ASL)が誕生したのです。

アメリカ手話(ASL)の特徴

手話を「言語」として見ると、アメリカ手話は世界で最も特徴的な言語の1つです。英語が音声言語の世界共通語であるように、アメリカ手話が多くの場面で使われていますが、音声言語同様に国や地域によって表現方法が異なります。

  • アメリカ手話は、英語をそのまま身振りで示していると思われることもありますが、それは誤りです。アメリカ手話は英語とは文法の異なる全く別の言語であり、話し言葉のあらゆる特性も備えています。
  • アメリカ手話は、文法、語彙、スタイル、語順などにおいて、英語とは異なっています。
  • アメリカ手話のアルファベットの数は、英語と同じ26です。•アメリカ手話はひとつの言語と見なされ、アメリカ手話を履修する生徒に外国語の単位を与えている学校もあります。
  • 手話は多種多様であり、世界中で約300の独立した手話が使用されていると言われている中でアメリカ手話は主な手話言語のひとつです。
  • アメリカ手話利用者は、声の抑揚やトーンを強調することができない代わりに、ボディランゲージや顔の表情で表現します。
  • アメリカンフットボールチームが、プレー開始前に選手で円陣を組んで作戦会議を行う「ハドル」の始まりには諸説ありますが、1890年代にギャローデット大学の選手が他のチームに見られないように円陣を組んでプレーについて協議したのが最初とする説もあります。円陣内でコミュニケーションすれば対戦相手には見えません。今やハドルはアメフトの試合で一般的に行われるようになっています。
  • 子供は乳児の時から、話し言葉を学ぶのと同じように手話を学びます。手話でコミュニケーションを取る両親の元で育った子供は、家族とのコミュニケーションを通じて自然に手話のスキルを習得していきます。

手話通訳の種類

ここからは、アメリカ手話通訳以外の手話通訳にも共通する話です。まず、クライアントのニーズに応じて提供する手話通訳について、2つのタイプを紹介します。

•同時通訳
通訳者は話者が話すのと同じタイミングで、聴覚障害者または難聴者に向けて手話で内容を伝達するのに加え、手話ユーザーからの発話を他の参加者に向けて音声で伝えます。

•逐次通訳
通訳者は、いくつかの文章ごとに、話者の話(音声)を聞いたり、あるいは手話ユーザーの動きを見たりしてから、対象とする音声言語あるいは手話(視覚言語)でその情報を通訳します。このタイプの通訳では、通訳者はメッセージをより正確に通訳できるようにメモを取りながら通訳する場合があります。

ビデオ(オンライン)会議でも手話通訳が必要とされる場合もあり、その需要は高まっています。

手話ユーザーとのコミュニケーションにはさまざまな方法があるので、いくつか一般的な方法を以下に示します。

視覚言語と音声言語間の通訳(アメリカ手話通訳/ASL interpretationなど)
米国で最も一般的な手話通訳は英語とアメリカ手話との間の通訳ですが、顧客や状況によって言語ペアは異なります。いずれの視覚言語(手話)と音声言語の組み合わせでも、通訳者は両方の言語に堪能である必要があります。この場合、音声言語から手話へのメッセージの伝達と、手話から音声言語への伝達の両方が含まれており、どちらの方向でもそれぞれの言語の文法規則に準じて表現する必要があります。例えば、アメリカ手話を英語に通訳する場合、アルファベットが同じでもアメリカ手話と英語では文法も語順も異なるので、英語の語順に従った表現に直してから伝える必要があります。

口頭音声変換(Oral transliteration)
音声言語によるメッセージを聴覚障害者や難聴者に伝えるためのコミュニケーション手段として、読唇術と身振りなどを使用するものですが、あまり一般的ではありません。通訳者は、聴覚障害者または難聴者が唇の動きを読み取ることができるように音を出さずに唇の動きを繰り返したり、指さし、ジェスチャーなどの身振りも使ったりしながら音声で発せられたメッセージを目に見える形にして伝達します。

キュードスピーチ通訳(Cued speech transliteration)
キュードスピーチ(Cued Speech)とは、聴覚障害者や難聴者との間で使われている視覚的なコミュニケーションで、母音を表わす場所(口周辺)で子音を表わす手の形(キュー)を示すことで視覚的に話言葉を伝えるものです。

タクタイル通訳:触覚を利用した聴覚支援(Tactile interpretation)
タクタイルとは触覚であり、聴覚障害者などに音声情報を触覚刺激に変換して伝えようとする方法で、読唇術などと併用して用いられます。聴覚障害者や視覚障害者のコミュニケーションを促進するために触覚を使用するために、聴覚情報を触覚に変換する装置(デバイス)はタクタルエイドと呼ばれています。タクタル通訳者は、対話者の手に具体的な合図(触覚)を伝えることで音声メッセージを伝達します。

手話通訳が必要とされる重要な場面

手話通訳が必要とされる場面の中で特に重要とされるものを以下に挙げておきます。

•医療現場
手話通訳が必要とされる場面の中でも最も重要とされるのが医療現場です。音声言語における医療通訳と同様に、たった1つのエラーでも深刻な結果を招く恐れがあります。病院やその他の医療施設で医師と患者間の情報のやりとりを正確に行うためには、医療分野の専門知識を備えた手話通訳者が必要です。手話通訳者は、聴覚障害を持つ人が平等に医療を受けることができるようにするのと同時に、医療専門家が患者に必要かつ的確な治療を確実に提供するために不可欠な存在なのです。

•緊急事態
緊急事態が発生した場合、手話通訳者は、聴覚障害者や難聴者が他の人々と適切かつ効果的にコミュニケーションを取れるようにするために必要です。通訳者は、緊急時でもすぐに対応できるように準備し、困っている人々に迅速かつ信頼できる支援が提供できるようにしておくことが重要です。明確なコミュニケーションがとれないと、悲惨な状況に陥る可能性が捨てきれないため、救急事態においても手話通訳は重要な役割を担うことになります。

•法的関連業務・法務サービス
言語の壁があると、ただでさえ複雑な法的関連業務を処理することが一層難しくなります。法的関連業務を支援する手話通訳者は、聴覚障害や難聴者が彼らの法的権利と選択肢をきちんと理解できるようにします。契約のサポートから法廷代理人になることまで、幅広い法的プロセスにおけるあらゆる法的手続きに対処します。

• ビジネス
ビジネスにおいても、雇用交渉やオンジョブ・トレーニングへの支援を含め、多種多様な場面で手話通訳者が必要とされます。手話通訳者は、聴覚障害者が、ビジネス環境のさまざまで複雑な状況を乗り越える手助けします。

•接客業
接客業に従事する人は、さまざまな背景や文化を持つ人々を日常的にサポートできるようにしている必要があります。そのためには、顧客と効果的にコミュニケーションを取り、必要に応じてサポートできることが不可欠です。従業員と顧客の間のコミュニケーションを円滑に進めるのを手助けするにも手話通訳者が必要です。

•小売サービス
接客業と同様に、小売サービスの従業員は常に顧客をサポートできることを求められており、コミュニケーションの壁が顧客サービスの妨げになることは避けるべきです。 手話通訳者は、小売サービス業者の従業員と顧客の間のコミュニケーションが円滑に進むようにサポートすることができます。

金融業
正確さが要求される別の業界は、銀行取引や投資を行う金融業です。お金についての判断をする場合、関連するすべての情報が明確に共有される必要があります。

教育現場
多くの学校は難聴の生徒を受け入れているので、教師に手話トレーニングを提供することがよくあります。トレーニングが受けられない場合には、手話通訳サービスと契約して、聴覚障害のある生徒をサポートする人が学校にいるようにする必要があります。

手話通訳者に必要なスキル

手話通訳は、話し言葉を視覚的な表現に置き換えるだけではなく、より多くのスキルが必要とされます。手話通訳に習熟するには次のような高度な言語、技術、および認知能力が必要です。

  • 文化的感受性 通訳者はさまざまな文化的背景を持つ人々と協力することになるので、文化的感受性は重要な特性です。
  • 身体的器用さ 手話通訳者は、指、手、腕をすばやく正確に動かせなければなりません。
  • 対人スキル 手話通訳者が、クライアントとやり取りし、長期的な関係を築くためには優れた対人コミュニケーションスキルが必要です。
  • 集中力 通訳者は通常、人々が話をしているような忙しく騒がしい環境で通学業務に従事するため、集中力は不可欠なスキルです。 しかも、手話通訳者は同時に複数のタスクを処理することになるので、周囲の騒音や喧噪にかかわらず作業に没頭できる集中力が必要です。
  • 技術的な知識 多くの業界が自社製品にリモートサービスを追加しているので、手話通訳者は、技術的な、あるいはウェブ上の通信で発生しうるさまざまな問題に対応できる知識を備えている必要があります。

グローバル化における手話の役割

より多くの企業が海外市場に進出するにつれて、手話通訳の必要性も高まり続けるでしょう。多くの企業が手話ユーザーと多言語話者との間のコミュニケーションを円滑に進めるべく、手話通訳を必要としています。特にアメリカ手話は、世界の共通語である英語と同様に、世界共通の手話として使われていることから、アメリカ手話と音声言語との通訳が必要とされることも増えていくと見込まれています。アメリカ手話通訳者は通常、英語とアメリカ手話の間でメッセージを伝達するように訓練されていますが、英語以外の多言語との通訳の必要性も高まっています。すでにアメリカ手話は、聴覚障害を持つ人々の第一言語として、カナダ、西アフリカ、東南アジアなどを含む広い地域に浸透しています。

手話通訳を介してのコミュニケーションを効果的なものにするには、正確さが最も重要です。事業の内容や通訳が必要とされる状況などを踏まえ、求められる専門知識を持つ手話通訳者を持つ通訳サービスを探すようにしてください。

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