機械翻訳は書籍翻訳の創造性を損なうのか?

機械翻訳(MT)にはさまざまな利点がありますが、最近の研究では、ニュアンスやクリエイティブな表現の翻訳については、いまだ人間の翻訳者には遠く及ばないということが明らかにされています。言語サービス業界で機械翻訳が大きく進歩した今でも、創造的な表現が求められる書籍の翻訳では、人間の翻訳者の方がはるかに優れているのです。

ここでは、書籍翻訳において創造性が非常に重要である理由と、2つの研究をご紹介します。

検証①:書籍翻訳には人間の翻訳者が適している

翻訳の創造性の検証をした研究のひとつが『The Impact of Post-editing and Machine Translation on Creativity and Reading Experience. (ポストエディットと機械翻訳が創造性と読書体験に与える影響)』です。この研究では、英語からカタルーニャ語に翻訳されたフィクション作品を使って調査が行われました。使用したテキストの翻訳方法は、①機械翻訳、②機械翻訳ポストエディット(MTPE)、そして③最初から最後まで人の手による翻訳の3つです。

実験参加者は88名のカタルーニャ人で、それぞれ、ランダムに割り当てられた翻訳方法での翻訳テキストを読んだ後、アンケートを実施しました。

その結果、人の手による翻訳が、機械翻訳ポストエディットや機械翻訳より創造的であると、高く評価されました。この結果は、「書籍翻訳は、機械の助けを借りないで人間の翻訳者が行う場合に創造性が最も発揮される」という研究者の結論の根拠となるものでした。

検証②:翻訳者は自分ですべての作業を担う方がクリエイティブであると考える

創造性の検証をした二つ目の実験は、『Translators’ Perceptions of Literary Post-editing using Statistical and Neural Machine Translation.(統計的・ニューラル機械翻訳を用いた文学作品のポストエディットに対する翻訳者の認識)』というものです。この研究では、書籍翻訳を行った経験のあるプロの翻訳者6人の認識にフォーカスしています。前述の検証と同様に、対象は英語からカタルーニャ語への翻訳です。

各翻訳者が、①まったく機械に頼らない翻訳、②ニューラル機械翻訳ポストエディット、③統計的機械翻訳ポストエディットの3つの方法で文学作品の翻訳を行いました。翻訳者には翻訳前と翻訳後にインタビューを行い、アンケートも行っています。

その結果明らかになったのは、熟練した翻訳者たちは、機械に頼らず、より自由で創造性に富んだ自力での翻訳作業を好む傾向にあるということです。経験の浅い翻訳者の場合は逆に、機械翻訳の訳文が参考になるようです。

書籍翻訳に人間の翻訳者が必要な理由

書籍翻訳は、非常に複雑な作業です。機械では処理しきれない複雑で繊細な判断を下せるのは、現在のところ人間の翻訳者しかいないのです。
翻訳の際には数多くの要素に留意しなければなりません。

原文の意味の正確な伝達
原文が味わい深い文章であれば、訳文にも直訳ではない文章の味わいが求められます。しかし、原文から離れた勝手な創造が許されるわけではなく、原文の意図やトーンに忠実でなければなりません。翻訳者には、原文の意味を取りこぼさず、句読点や構文、単語のリズム、様々な修辞、その言語の文化で共有される事象やことばの含意などを活かして文学的表現にする、という非常に難しい作業が要求されるのです。

感情の伝達
韻文でも散文でも、あるいは小説でも随筆でも、多くの文学作品において感情の表現は大きな意味を持ちます。翻訳者は言葉がどのように受け止められるかを熟慮し、原文と同等の感情を読者に呼び起こすよう、精巧に訳文を組み立てていきます。何らかの事情で機械翻訳を用いなければならない場合も、機械翻訳ポストエディットで事後的に校正を行うことで、心の機微をしっかりと捉えた訳文に整えます。

地域性と時代的背景を踏まえた訳
書籍の背景には、それが発表された地域の文化に加え、その舞台となった時代背景など、様々な要素が絡みます。そうした背景を踏まえた的確な表現を探るのは簡単ではありません。こうした複雑な作業が要求されることも、機械翻訳のみでの文芸翻訳が不可能な理由のひとつです。

原文中の用語をどこまで残すか
原著の中に含まれる固有名詞などをどのように別の言語に置き換えるか、また、慣用句など原語の文化圏以外では直訳で意味が伝わらないような表現をどうするか、など翻訳者の判断が必要な場面は枚挙に暇がありません。

独創性のバランス
作品によっては、翻訳者がかなり独創的な訳文を作り上げることが望ましい場合もあるでしょう。反対に訳文が主張しすぎない方が良い場合もります。あまり機械的に翻訳をしてしまうと、訳文は平凡になり、時に原文の雰囲気を損なうこともあります。逆に、独創的過ぎる訳文はオリジナルに忠実でないものになり、翻訳者の意図が全面に出てしまう可能性があります。翻訳者は両方の言語の語感を研ぎ澄まし、絶妙なバランスの翻訳を行う必要があるのです。

文化的背景への対処
翻訳者には、語学力だけでなく、両言語の文化的背景への理解が求められます。特に文学作品には、複雑な社会的、政治的、歴史的な背景があることがあり、そうした背景はそのまま訳しただけでは読者に伝わらないことが少なくありません。そこで、注釈で解説をするのか、文中で分かりやすくかみ砕くのかなど、翻訳者は作品のタイプや読者層に合わせて判断を行います。

原著のスタイルの保持
書籍の文体や言葉の使われ方は千差万別です。同じ著者の著書を訳したことのある翻訳者でも、以前のセオリーが次の作品に通用するとは限りません。翻訳者は作品全体を通じて、原文のスタイル、雰囲気、ニュアンスなどをできるだけ、訳文においても維持するための工夫を行います。原書で著者が伝えようとしているイメージや感覚を、翻訳版を読んだ読者にも伝えるのです。翻訳者は、原著を深く読み込んで、それに忠実なイメージを喚起するスタイルを訳文において実現するのです。

書籍翻訳の場合、翻訳者には、対象読者に感情を上手く伝えるために言葉を足すかどうかなど創造的な判断を下す能力が求められます。もちろん文化に根差した感情やジョーク、ダジャレなど完全には翻訳できない内容は無数に存在します。そのような場面において、翻訳者は言葉の知識に加え、文学的な素養を元に判断を下さなければならないのです。

機械翻訳に頼ることで創造性が制限されるという研究結果もありますが、ボリュームの大きな書籍を迅速に翻訳しなければならない場合など、テクノロジーの助けが必要な局面もあります。そのような時には、機械翻訳ポストエディットの校正プロセスを翻訳者が入念に行うことで、創造的な訳文に仕上げていきます。

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